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[ COLUMN ]
今年もすでに2ヶ月があっという間に過ぎた。
おおよそ2ヶ月ちょっとの間に一日3食として200食くらいの食事を摂ったと思う。
では、食事をする前に感謝の気持ちをこめて食事を摂った日が何日あっただろうか。
先日ふとしたときにそれに気がついた。
毎日の食事が当たり前になっている。
その当たり前に落とし穴があまりにもたくさんある。
ご存知のように日本も外国も食べることに苦労した時代があった。
日本でいえばほんの50年60年ほど前のことである。
そして今も食事を摂ることが難しい国もある。
働けど働けど苦しくて貧しくて日々食べていくのがやっと、
もしくはろくに腹いっぱい食べられなかった時代を知りながら
現代の食に対する意識はどんなものだろうか?
ある時まで、ご飯を用意してくれた親に感謝して、お百姓さんに感謝して、自然の恵みに感謝して、
今日食事を摂れることに感謝して、そしてはじめて口にすることができるのが
「人間」にとっての「食」との関係だったはずである。
食事をするためにどれだけの労力が費やされ、犠牲をはらい、
どれだけの思いがつまって調理され、それを食しているか。
考えなければいけない。
まず、明日の食事から手を合わせ、感謝の気持ちをもって食事に向う。
そういった平和であるがゆえに見失っている大切なことがあまりにも多いような気がして
危機感が募るばかりである。