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[ COLUMN ]
会社でも実家でも毎年恒例で行いますがほとんどその日だけで忘れてしまう事が多いのではないでしょうか?言葉だけの目標ほど意味の無いものはないです。
僕の場合はPCのデスクトップに常に目標が書き綴ってあります。社会人になってからずっと続けています。具体的な目標から抽象的で気持ちの持ち方のようなものまでいろいろありますが、常に意識することで自分が改善されています。
抱負も目標も「言う」より「常に思う」ことで実現に近づくのではないでしょうか。
皆さんは今年どんな抱負を立てましたか?
去年の抱負を達成できましたか?
目標は実践あるのみです。
[ COLUMN ]
今日久しぶりにじっくり本を読みました。久しぶりだったのでなかなか読めずに文字と脳が格闘していました。読みなれてくると段々読むペースも上がり、内容理解もしやすくなってきました。
今日のタイトル「汗をかく」は脳の汗をかいて脳を鍛えるという趣旨です。
体は使わないと徐々に弱ってきます。だから体を動かし時には負荷をかけることで健康が維持できたりスポーツで言えばより高い記録をつくれたりします。
実はこれは肉体に限ったことではないのです。
私達が日々思考している脳にも同じ事が言えます。
日々の生活の中で使う脳と難しく深い内容の本を読む時の脳の使われ方は大きく異なります。
体の運動で例えると「日常生活」と「マラソン」くらい違う時もあります。
今さらあたりまえのことですが、脳も負荷をかけて使わないと徐々に衰えていくのです。逆に鍛えれば日に日にその思考の枠が拡張されより自由にモノを考えることができるようになります。
脳が鍛えられなければ浅い考え方に終始します。新しい考え方も生まれません。
だから新しいプロジェクトが初まりスケッチ(案作り)をするときは必ず本を読みながら行います。
そうやって眠っている脳を起こして鍛えてからスケッチをすると線一本の解釈がまったく異なってきます。
なにが良くて何が良くないかもはっきりしてきます。
本や情報はインプットするだけでなく、それによって脳を刺激し良質なアウトプットを誘発するツールとして利用することで始めてその機能を果たします。
本を読むのは誰でもできるけど(出来ない本もありますが)そこからどんなアウトプットをするかが面白いところだと思います。
[ STAFF'S VOICE ]
年が開けやっと冬らしい日が続くようになりました。
寒い季節ほど良く頭がクリアになるのは、道産子の僕だけでしょうか。
入社2年目を迎える今年は、去年の今頃とは比べものにならないほどの充実感。
その一方で、今年一年で自分がどれだけ伸びるかという期待と不安。
今年はしっかりと地に足をつけ、「躍進」できるよう日々勉強だと心に決め、精進して参ります。
体調を崩しやすいこの季節こそ、年初めの熱い目標を持っていきましょう。
[ STAFF'S VOICE ]
オープンデスクを募集します。
作業内容は主に模型制作になると思われますが、建築に興味のある方、その他社会勉強をしたい方、連絡お待ちしております。
学生さんは参加するとよりよい機会になるはずです!
事務所に来ることで、机の上だけではわからなかった多くの事、また現場にも一緒に見学行く機会があるので是非事務所に遊びに来てください!
連絡お待ちしております。
[ COLUMN ]
有名な建築家が作った建築を見たとき、美術館で現代アートを見たとき、劇場でダンスを観たとき、多くの方の感想は「かっこ良い」「かっこよかった」という言葉に集約されます。
しかし、上記のような作品を作る「作者」の中にはこの「かっこ良さ」をめざして作られた方はいないはずです。
(作者とは、視点を間違わずにその分野を追求されている方を指します)
では両者の間に開きのある、この「かっこ良い」という言葉の説明を今日はしたいと思います。
まず前提として私たちは「かっこ良いもの」を目指していません。
より正確に言うと「かっこ良いものを作ろうという意識」で建築を考えません。
「かっこ良い」ものを主眼に置いてものを作ろうとしたときには、「これならかっこいいと評価され受け入れられるだろう」という意識が作者の中に働きます。
これが建築に限らず芸術やものづくりの人間にとって、とても危険な意識なのです。
もうひとつ。
「かっこ良いもの」を作ろうとすると、前例や参照先を求めたり、小手先だけの表面的な「デザイン」に終始したものになりがちです。
前例や参照先があるものというのは、その人のアイデンティティーが無いことでものづくりからずれていることが容易に理解していただけると思います。
ではよく耳にする「デザイン」がなぜいけないのでしょうか?
※前例や参照先については無く全てが新しくなければいけないという意味ではありません
色々な解釈があると思いますが私たちはデザインをこうとらえています。
「作者の主観に基づいた表面的なバランスを作ること、保つこと」
つまり作者の感覚的な趣味に近いもので、ものをつくってはいけないということです。
そして表面的な見える部分や視覚のみに頼ってはいけないということです。
建築の話で言えば窓の配置や大きさをデザインしたり、柱や階段に赤や青などの色をつけたり、アクセントとなるような装飾を用いたり、といったことを指します。
※勿論デザインと言う言葉の定義自体、流動的であるためあくまでも私たちの考え方としてということ
を補足しておきます。
(デザインを本業として深く追求されている方にはこれとは全く異なる解釈があるはずですから)
よって私たちはデザインを主眼においたものづくりからは遠いところで建築を考えています。
私たちにとって空間を作るときにデザインは必要ないのです。
では、何が必要で何をよりどころにして物を作っているかと言いますと・・・・
これは長くなってしまいますので別の機会にお話することにします。
[ COLUMN ]
栃木県芳賀町に住宅HAGAが竣工しました。
社長の御友人A氏からクライアントをご紹介頂いたのが一昨年の12月。
ほぼ一年に渡って色々な問題をクリアしていきながら竣工にたどり着きました。
この住宅の作られ方を以下説明していきたいと思います。
■作品概要
敷地は芳賀町の田園に囲まれた場所にあります。
その場所に建つ母屋脇に建てられた住宅は
1階をエントランス/洗面・浴室/事務室/倉庫
2階をLDK+主寝室+寝室/テラス/クローゼットとして配置しています。
この建物の芯は「田園を180度切り取ったユニバーサルスペース」です。
一日の時間の流れのなかで
「変化していく風景(外部)」と「変化していく室内(内部)」が『同じ時間を共有する』
ことがここでは重要でした。
今まで田園に囲まれて生活をしてこられたクライアントが、住宅ができたことによって
その環境と切り離されてしまい、建物内部だけで完結してしまうような生活スタイルに
変わってしまう。
そんな作り方をしてはいけないというのが計画当初から私たちの中にありました。
そして積極的な周囲との接続、つまりこの場所と切り離さない建築計画について、
その具体的な方法のスタディを繰返しました。
結果できた住宅は
生活の機能的な側面(調理・収納・洗濯干し・勉強机)を一切隠蔽し、生活機能から切り離された
ガランドウの空気の塊となりました。
その塊が180度のパノラマで外部と接続されたユニバーサルスペースとなって機能していきます。
何も無いユニバーサルスペースにいろいろなものが「外」と「内」から入り込んできて、
空間とクライアントに変化を与えてくれることを期待しています。
余談ではありますが、学生の頃から毎日会社に通いながらこの物件を担当し、
社会人になってからもほぼ毎日現場に通い細かい部分の調整に尽力を惜しまなかった
担当のS君に心からの讃辞を贈りたいとおもいます。